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ノルウェイの森は不思議の森

2010年12月13日

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写真:ベトナム出身のトラン・アン・ユン監督による「ノルウェイの森」。左が松山ケンイチさん、右が菊地凛子さん拡大ベトナム出身のトラン・アン・ユン監督による「ノルウェイの森」。左が松山ケンイチさん、右が菊地凛子さん

写真:こちらは水原希子さん。映画は11日から公開中 (C)2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン拡大こちらは水原希子さん。映画は11日から公開中 (C)2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

写真:名古屋で会見したトラン・アン・ユン監督(左)と松山ケンイチさん拡大名古屋で会見したトラン・アン・ユン監督(左)と松山ケンイチさん

 映像はみずみずしく美しいし、役者たちはみな頑張っているし、原作に対する敬意がすみずみまでみなぎっているし、その点ではいい映画のはずなのですが、どこかおかしい「ノルウェイの森」。いや「どこか」ではありませんね、セリフ回しがおかしいのです。不思議です。だってセリフは「原作通り」なのに。

 主人公の大学生ワタナベ(松山ケンイチ)は、自殺した親友キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と、大学で出会った緑(水原希子)の間で揺れ動く。死の影をひきずる直子を救いたいワタナベは、心を病んだ彼女の入院先に通いきずなを深めようとする一方、気まぐれなネコのように奔放な緑のキラキラ輝くような魅力にもひかれていき――なんて、今さら書くまでもないあらすじですが、要するにやさしいやさしいモラトリアム青年が、今で言う「ヤンデレ」と「ツンデレ」のWヒロインの間でグラグラこんがらがるお話であります。

 松山さんは、いつも憂いまじりで穏やかな青年版チャーリー・ブラウンみたいな主人公を、実に誠実に演じています。ヤンデレが堂に入ってる菊地さんは目元からピリピリと青い火花が散っているようで、感情を爆発させて「ギャァー」と叫ぶシーンは怖すぎてホラーに近くなるくらい。水原さんは、しっとりした空気と柔らかな陽(ひ)の光を身にまとい、エキゾチックでアジアンで、そのほほえみに上品な色香が漂います。彼女の映るシーンはまさに「青いパパイヤの香り」「夏至」のトラン・アン・ユン監督の世界。

 そして彼らはずっと、折り目正しい翻訳口調で話すのです。「多かれ少なかれ、そういう感じって誰にでもあるものだよ」とか「孤独が好きな人間なんていないさ。無理に友達を作らないだけ」「私、あなたのしゃべり方すごく好きよ」とか「そんなの愛とは何の関係もないような気がするけどね」「あるの! 私は相手の人にこう言ってほしいのよ」とか、だいたい原作の通りに。

 原作は、セックスにまつわることをあけすけにポップにカジュアルに語るところが新鮮だったのですが、生身の役者がこれをそのまま「指とか口でやってあげてたの」とか「なかなかうまいね」「いい子だからだまってて」とか「そそり立ったのを私に見せつけるの」と折り目正しく話すのを聞いているのは、どうにもお尻の当たりがムズがゆいというか、口の端がヒクヒクしてしまうというか(※個人の感想です。効果には個人差があります)。文字と声じゃあ違うもんなんですね。これでは、七三わけのマジメそうな男女が翻訳口調でエロボケな会話をしている珍品に……(※個人の感想です! 効果には個人差があります!)

 なんでしょうか、私とはきっと相性が悪かったんでしょう。療養所で直子と相部屋だったレイコ(霧島れいか)が、ワタナベの家にやってきて彼と寝る原作の終盤は、「そこ違うわよ。それただのしわよ」という楽しいセリフも含めてけっこう好きな場面なのに、私と来たら映画を見ながら「ワタナベっていろんな女に言い寄ったり言い寄られたり『俺の空』みてえ!」とロクでもない感想をノートに書き込んでしまいました(私はノートにメモをしながら試写を見るのです)。ナンパした女の子やゆきずりの女の子とポンポン寝るのだって原作通りなんですけど、まさか「ノルウェイの森」を見て「俺の空」を連想するなんて!

 秋の宵、古い家の縁側に座り、ワタナベとレイコは2人だけで直子の弔いをします。ワインを飲みながら、ギターでビートルズ・ナンバーなどを弾き続ける、という弔いを。シチュエーションといいムードといい、叙情派トラン・アン・ユン監督の資質にぴったりのシーンです。この場面から映画を始めて、ギターの切ない調べと共に直子を巡る様々な思い出が呼び覚まされ、断片的なセリフと断片的な回想から彼らのドラマがモザイクのように浮かび上がり、ラストにまたここに戻る――そんな構成だったらどうだったかなあ、なんて夢想もしますが、作り手たちはあくまで原作尊重。なにせ国内累計1千万部超のベストセラーであり世界中で愛される恋愛文学の金字塔ですから。

 というわけで、奥深いノルウェイの森を通り抜けた時どんな感想を抱くことになるか、あなたもぜひ劇場でお確かめ下さい。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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