住み続けたい島へ

SDGs|島の人たちと考えた

海士町 あまちょう 島根県

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SDGs実現のプロセス、確かめたい

高齢化や人口減少などに直面する地域の中には、持続可能な町をつくり、未来を切り開くために、積極的な挑戦を行っているところがあります。それはまるでSDGs(持続可能な開発目標)を先取りしているかのようです。こうした地域を取材し、SDGs実現のプロセスで大事なことは何か、実践でどのような変化が地域に生まれるのか、ぜひ知りたいと思いました。

島根県海士町は町をあげて地域産業の活性化と教育の魅力化に取り組み、人口減少に歯止めをかけて全国から注目を集めてきました。この町をSDGsの視点で見つめます。(国谷裕子)

  • 48%

    Iターンの定着率2004~2016年度のIターンの総人数と定着人数から海士町が算出
  • 2.4倍

    隠岐島前高校の入学者数2008年度に対する2017年度の入学者数。島根県教育委員会の資料から
  • 0店

    コンビニのチェーン店数
  • ないものはない

    町のキャッチコピー

人も仕事も減り続けた

豊かな海に囲まれ、かつて約7千人が暮らした海士町。だが、不便で仕事も少ない離島に若者は居着かず、2000年までの半世紀で人口は約4割に激減した。国の三位一体改革で、地方交付税や国の補助金が削られ、町の雇用を支えた公共事業も大幅に減少した。残ったのは、超がつく少子高齢化した町と、膨大な借金。近い将来、財政再建団体へ転落するというのが、おおかたの見方だった。

基金(右目盛り)はいずれも年度末。人口(左目盛り)は2013年までは3月末、それ以降は1月1日現在。

反撃は給与カットから

町がまず手をつけたのは、大胆な行財政改革。町長や副町長らが報酬削減を決めると、一般職員も自分たちの給料カットを求めた。2005年度には、職員給与が日本一低い自治体となった。

町が生き残るために何をすべきか。海士町のチャレンジが始まった。何をしたのか。

町は産業と教育に力を入れた

U・Iターンとともに知恵を集め、「ブランド化」「魅力化」を進めた

  • 魚介類、抜群の鮮度で

    市場のない離島というハンディを克服し、漁業者の収入安定と後継者育成も狙うため、町は2005年に、特殊な凍結技術を導入した加工施設「CAS凍結センター」を整備した。この冷凍技術は通常とは異なり、長期間鮮度が保持できる。特産物の剣先イカや岩ガキなどを扱い、運営する第3セクターによると、今年3月期の売上高は約2億1千万円にのぼる。

  • 海の恵みで和牛肥育

    「島生まれ、島育ち、隠岐牛」。公共事業に代わる産業として、町の建設会社が作った新たな和牛ブランドだ。神戸牛や松阪牛などの産地へ子牛の時に売られるのが普通だった同町産の隠岐牛を、島内で完全肥育。海のミネラル豊富な牧草で育った肉は、市場で最高クラスの評価を受ける。町は島全域を潮風農業特区とし、事業を後押しする。

  • 島の岩ガキ、築地魅了

    隠岐に自生していた岩ガキの魅力にIターン、Uターンの地元漁師の男性2人が目をつけ、養殖を開始。「春香」ブランドで東京・築地市場や首都圏の飲食店を中心に販売している。町も加工施設の建設などを積極的に支援し、17年度は1億3千万円の売り上げを目指す。5人のIターンを含む7人が養殖に取り組み、新たな雇用の場となっている。

  • 島の高校、県外から生徒

    海士町と西ノ島町、知夫村からなる島前(どうぜん)地域で唯一の島根県立隠岐島前高校は、一時統廃合の危機に。だが3町村は高校と連携した「魅力化プロジェクト」を2008年ごろから始め、個別指導や、様々な人との交流を通じたキャリア教育に注力。海士町の公立塾「隠岐国学習センター」とも連携し、生徒の力を伸ばすシステムを構築し、県外の生徒も含む入学者が増えた。高校教育こう取り組んだ

山内道雄町長

「これらは挑戦事例であって、成功事例ではない」

「ないものはない。ならば、あるものを磨くしかない」。山内道雄町長はそう語る。2002年の町長就任以来、新たな産業づくりと教育の魅力化に全力を傾けてきた。「経済とひとづくりは両輪」。町に高校がなくなれば、島外に進学する子どもの学費をまかなうため親も出て行ってしまう。それは、何よりも大きな損失だった。人が集まり根づく町にするため、IターンやUターンの新たな知恵や経験を柔軟に受け入れた。「本気でやる人には、町も本気で応えた」。成果は徐々に表れ、町財政は回復基調に転換。人口の減少も歯止めがかかり、保育所には定員を超える入所希望が寄せられるまでになった。島の未来は自分たちで考えるほかなく、町の歩みに終わりはない。「チャレンジをやめたら島は沈む。未来永劫(みらいえいごう)、人が住んでいる限り挑戦し続ける」

めざしたい町とは 島民が考えた

より魅力的な町にしていくため、町の人々はいま何を考えているのか。6月上旬のある晩、国谷さんは町民の生の声を聞くために図書館に向かった。集まった約30人の方々に、「SDGs」の視点から町の状況をそれぞれ分析してもらった。

できている

×できていない

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    高齢者の福祉施設で働く専門職の人材が不足。町は、外部から呼び寄せようと取り組み始めている

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    高校の魅力を上げるため、地域を挙げて取り組み続けている。有名大学への進学者も増えている

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    町で出会った女性たちからは、町づくりに熱心な男性たちは家のことをパートナーの女性任せにしている傾向があるとの指摘や、女性が家事をすべきという役割分担意識が地域に根強いことを嘆く声を聞いた

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    岩ガキや隠岐牛のブランド化。こうした新たな産業づくりにより、徐々に安定した仕事や収入が得られるようになってきた

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    国立社会保障・人口問題研究所は03年に、海士町の人口が00年の2672人から、15年には2007人に減ると予測した。だが町の挑戦が実り、それを覆した。今後は若い人が増え、祭りや行事などの伝統文化が維持・継承できる人口バランスを目指している

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    岩ガキやシロイカなど、島の名物を育む豊かな海は町経済の基盤。しかし、岩ガキ養殖の急速な拡大が海の生態系のバランスを崩すのではないかと心配する声もある

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    教育の再生や新たな産業づくりなどを牽引(けんいん)するのは、様々な経験や知恵を持つIターンやUターンの人たち。町は柔軟な受け入れ体制づくりを進める。ただ、活躍する移住者と地元住民の間の心の壁を指摘する声もあり、町全体が一体となるための新たな課題解決が求められる

意外な項目に「できていない」という評価が多く、一方でシールがまったく貼られていない項目もあった。「SDGs」という物差しを使ってみると、住民が肌で感じている、地域の強みと弱みが見えてきた。そして、今後取り組むべき課題も浮かび上がった。

未来のために今したい

海を守るため、森を守る

町にIターンして6年目という漁師の男性は、島の漁業において重要なアジやスルメイカの漁獲量が不安定で、南方系の魚が増えていることに懸念を抱いている。海の豊かさを守るため、森を守る活動も大切だと指摘。町民の有志が、放置された竹林を間伐することで森を豊かにする「鎮竹林」という活動に取り組んでおり、こうした活動に少しずつでも自分も関わっていきたいと話した。

生き方を考えられる教育

隠岐島前高校で2012年から「魅力化コーディネーター」として活動する女性は、SDGsの「誰も置き去りにしない」という理念に、多様性を肯定する考え方として共感している。生徒に「島に帰ってきて欲しい」というプレッシャーを与えるのではなく、高校は、多様な価値観や考え方に触れる機会をつくり、生徒が自分の生き方を自ら考えられるような後押しをしたいと思っているからだ。

子育てに専念する自由を

「若い女性たちが子育てに専念する自由がない」と話したのは、町役場に勤める女性。島ではもともと、女性は家事を担い仕事も両立するという風潮が強いという。また、子どもが大学に進む際には島外に出ねばならないなど、離島ならではの経済的な負担の重さに備えて共働きせざるを得ない事情もあるという。また、17年前にIターンで島に移住した町立図書館に勤める女性は、外部からの意欲ある人材を町役場が確保し続けるには、非正規雇用だけでないあり方を考える必要があるなどと指摘した。

国谷さんが見た町のこれからは

海士町とSDGsのつながり

多くの課題を 連携して取り組み 持続可能な、まちを目指す

海士町とSDGsのつながり

多くの課題を
連携して取り組み
持続可能な、まちを目指す
ディレクション:
岩本哲生
取材:
丸山ひかり、石橋亮介
撮影:
金川雄策、小玉重隆
デザイン:
加藤啓太郎
制作:
佐久間盛大
協力:
海士町役場、隠岐國学習センター、巡の環、海士町のみなさん