2009年3月に公開された英語版動画「Vocaloid Hatsune Miku, the worlds virtual diva」

 今や小中学生にも人気のバーチャルアイドル初音ミク。今年の9月初めには日本武道館で2日連続のライブを開くことが決まっています。2007年8月31日に「彼女」が登場して以来、現在までにニコニコ動画には「ミクオリジナル曲」というタグのついた動画が約67,000曲公開されています。つまり「持ち歌6万曲以上」の歌手、それが初音ミクです。

 いったいこれは何なのか。その実態を追おうと、2008年2月、2009年3月と、朝日新聞週末版「be」で長文のリポートを掲載しました。2009年には記事に合わせて、アサヒ・コム編集部と連携してニュース動画も作成しました。英語字幕版も公開し、日英版合わせて480万再生と大きな反響を呼ぶことになりました。

写真・図版

2008年2月2日付土曜別刷「be」に掲載された初音ミク紹介の記事

 初音ミクは、パソコンで動く歌声合成ソフトです。歌詞とメロディーを入力すると、その通りに歌ってくれます。すでにパソコンでは楽器音を合成することは容易で、バックのオケを作ることはできるようになっていました。これに初音ミクの歌をミックスすれば、オリジナルの歌を誰でも公開できるようになったのです。

 初音ミクの活躍する舞台として、「ニコニコ動画」を欠かすことはできません。画面に動画が流れるのに合わせて、視聴者が思い思いに書き込むコメントが、まるでライブ会場に居合わせて声援を送っているかのような体験をユーザーにもたらしたわけです。無名の作者が、自分だけの思いを込めたオリジナル曲、それは売れ線狙いの既存ヒット曲に飽きたリスナーに強くアピールしました。

映像作家・Tripshotsさんもミクの魅力に取りつかれて作品を無償公開したひとりでした

 そのインパクトは、音楽以外でも絶大でした。もともとミクの絵は、ソフトのパッケージ用に描かれた3種類の元絵しかなかったのですが、ユーザーたちが勝手にどんどん「新しいミク」「自分のミク」を描き、気に入った曲に合わせて新しい動画としてアップロードしていきました。曲が発表される→人気を呼ぶ→別の絵師がイラストを描き新しい動画を作る→新しい視聴者をひきつける、という連鎖反応が、ニコニコ動画の上で次々と発生しました。

 ニュース動画「世界に広がる仮想歌姫『初音ミク』新進クリエーターに迫る」は、そうした創作の連鎖を、動画ならではの手法で追ったものです。初音ミクの代表曲の一つ「メルト」の作者で、当時メジャーデビューを果たしたryoさんのインタビューを始め、様々なクリエーターの活動と、それを幅広く支えるファンの草の根のシステムをリポートしました。海外からは、特に米西海岸からのアクセスが多く、ミクの最初の海外ライブ地にロサンゼルスが選ばれたのも必然的といえるでしょう。幸いなことに、いまも海外では「初音ミクの入門動画」として視聴されているようです。

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 この動画の公開後、初音ミクは投影されたイメージとして実際の舞台の上に立ち、ライブを実現します。実在しない歌手のライブとそれに熱狂する観衆。それはSFの世界が現実のものになったことを私たちに告げるものでした。

冨田勲さんと初音ミクのコラボレーション「イーハトーヴ交響曲」(日本コロムビアYouTube公式ページより)

 ライブは日本国内だけでなく、米ロサンゼルスやニューヨーク、台湾、上海などでも開かれ、成功を収めています。2012年には冨田勲さんの交響曲、その翌年には渋谷慶一郎さんによるオペラにも「出演」するなど、活動分野は大きく広がりつつあります。

 いまや「世界のミク」になった彼女。「ミクのための売れ線曲」なども現れ、無名のユーザーたちが支えていた初期のころとは、様相は異なってきています。しかし、「自分の思い通りに歌ってくれるアイドル」という側面は今も変わりません。初音ミク現象と呼ばれた初期のムーブメントを切り取ったこの動画、改めてご覧いただけると、また新たな発見があるかもしれません。