夏目漱石「三四郎」(第九十九回)十の六

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 「こう遣(や)って毎日描(か)いていると、毎日の量が積り積って、しばらくする内に、描いている画(え)に一定の気分が出来てくる。だから、たとい外(ほか)の気分で戸外(そと)から帰って来ても、画室へ這入(はい)って、画に向いさえすれば、じきに一種一定の気分になれる。つまり画の中の気分が、こっちへ乗り移るのだね。里見さんだって同じ事だ。自然のままに放(ほう)って置けば色々の刺激で色々の表情になるに極っているんだが、それが実際画の上へ大した影響を及ぼさないのは、ああいう姿勢や、こういう乱雑な鼓(つづみ)だとか、鎧(よろい)だとか、虎の皮だとかいう周囲(まわり)のものが、自然に一種一定の表情を引き起すようになって来て、その習慣が次第に他(ほか)の表情を圧迫するほど強くなるから、まあ大抵なら、この眼付をこのままで仕上げて行けば好(い)いんだね。それに表情といったって……」

 原口さんは突然黙った。どこか六(む)ずかしい所へ来たと見える。二歩(ふたあし)ばかり立ち退(の)いて、美禰子と画を頻(しきり)に見較べている。

 「里見さん、どうかしました…

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