夏目漱石「三四郎」(第九十一回)九の七

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 二人は追分の通りを細い露路(ろじ)に折れた。折れると中に家が沢山ある。暗い路(みち)を戸(こ)ごとの軒燈(けんとう)が照らしている。その軒燈の一つの前に留(とま)った。野々宮はこの奥にいる。

 三四郎の下宿とは殆(ほと)んど一丁(ちょう)ほどの距離である。野々宮が此処(ここ)へ移ってから、三四郎は二、三度訪問した事がある。野々宮の部屋は広い廊下を突き当って、二段ばかり真直(まっすぐ)に上(のぼ)ると、左手に離れた二間(ふたま)である。南向によその広い庭を殆んど縁(えん)の下に控えて、昼も夜も至極(しごく)静である。この離座敷(はなれざしき)に立て籠(こも)った野々宮さんを見た時、なるほど家を畳(たた)んで下宿をするのも悪い思付(おもいつき)ではなかったと、始めて来た時から、感心した位、居心地の好(い)い所である。その時野々宮さんは廊下へ下りて、下から自分の部屋の軒(のき)を見上げて、ちょっと見給え藁葺(わらぶき)だといった。なるほど珍らしく屋根に瓦(かわら)を置いてなかった。

 今日は夜だから、屋根は無論…

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