夏目漱石「三四郎」(第七十七回)八の三

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 運動は着々歩(ほ)を進めつつある。暇(ひま)さえあれば下宿へ出掛(でかけ)て行って、一人一人に相談する。相談は一人一人に限る。大勢寄ると、各自(めいめい)が自分の存在を主張しようとして、ややともすれば異を樹(た)てる。それでなければ、自分の存在を閑却された心持になって、初手(しょて)から冷淡に構える。相談はどうしても一人一人に限る。その代り暇は要る。金も要る。それを苦にしていては運動は出来ない。それから相談中には広田先生の名前を余り出さない事にする。我々のための相談でなくって、広田先生のための相談だと思われると、事が纏(まと)まらなくなる。

 与次郎はこの方法で運動の歩を進めているのだそうだ。それで今日(こんにち)までの所は旨(うま)く行った。西洋人ばかりではいけないから、是非とも日本人を入れてもらおうという所まで話は来た。これから先はもう一遍(いっぺん)寄って、委員を選んで、学長なり、総長なりに、我々の希望を述べに遣るばかりである。尤(もっと)も会合だけはほんの形式だから略してもいい。委員になるべき学生も大体は知れている。みんな広田先生に同情を持っている連中(れんじゅう)だから、談判の模様によっては、こっちから先生の名を当局者へ持ち出すかも知れない。……

 聞いていると、与次郎一人で…

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