夏目漱石「三四郎」(第三十二回)四の四

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 それから三人は元の大通りへ出て、動坂(どうざか)から田端(たばた)の谷へ下りたが、下りた時分には三人ともただ歩いている。貸家の事はみんな忘れてしまった。ひとり与次郎が時々石の門の事をいう。麴町(こうじまち)からあれを千駄木まで引いてくるのに、手間が五円ほどかかったなどという。あの植木屋は大分(だいぶ)金持らしいなどともいう。あすこへ四十円の貸家を建てて、全体誰が借りるだろうなどと余計なことまでいう。遂には、今に借手がなくってきっと家賃を下げるに違ないから、その時もう一遍(ぺん)談判して是非借りようじゃありませんかという結論であった。広田先生は別に、そういう料簡(りょうけん)もないと見えて、こういった。

 「君が、あんまり余計な話ばかりしているものだから、時間が掛って仕方がない。好加減(いいかげん)にして出て来るものだ」

 「よほど長くかかりましたか…

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