夏目漱石「こころ」 先生の遺書(五十七)

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 「私が両親を亡(な)くしたのは、まだ私の廿歳(はたち)にならない時分でした。何時(いつ)か妻(さい)があなたに話していたようにも記憶していますが、二人は同じ病気で死んだのです。しかも妻が貴方(あなた)に不審を起させた通り、殆(ほと)んど同時といって可(い)い位に、前後して死んだのです。実をいうと、父の病気は恐るべき腸(ちょう)窒扶斯(チフス)でした。それが傍(そば)にいて看護をした母に伝染したのです。

 私は二人の間に出来たたった一人の男の子でした。宅(うち)には相当の財産があったので、むしろ鷹揚(おうよう)に育てられました。私は自分の過去を顧みて、あの時両親が死なずにいてくれたなら、少なくとも父か母かどっちか、片方で好(い)いから生きていてくれたなら、私はあの鷹揚な気分を今まで持ち続ける事が出来たろうにと思います。

 私は二人の後(あと)に茫然…

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