ヘルプ
マイページ
■廃炉への旅:4
【国末憲人】リトアニアの首都ビリニュスで、その街のうわさを耳にした。
「日常会話は全部ロシア語」
「市民は今でも、わが国よりもロシアに親近感を抱いているそうだ」
街の名は、ビサギナス。リトアニア北東端にあるイグナリナ原発から西に約10キロ。森に囲まれてたたずむという。ソ連時代、原発で働く技術者や科学者が暮らすための都市として、1975年に建設された。
住民たちは、ソ連全土から集められた原子力の専門家とその家族。地元リトアニアとは縁が薄く、街の共通語もロシア語だった。
1990年にリトアニアが独立を宣言し、91年にはソ連が崩壊した。しかし、ビサギナスの人々は原発の運転に携わるため、そのまま残った。街は、リトアニアの中に浮かぶロシア語の島となった。
この街の技術者なしに原発が稼働しなかったのと同様、原発なしにはこの街の人々も暮らしていけなかった。市全体がイグナリナ原発に依存していただけに、廃炉は市民にとって深刻だろう。原発を訪ねた折りに、街に立ち寄った。
■ツルに導かれて
街を目指して車で進んでいたら、目の前の路上に大きなツルが舞い降りた。白い羽を揺さぶって、低空飛行する。その姿が実に優雅だ。このあたりでは珍しくないのだろう。ビサギナス市のシンボルもツルで、市章に描かれている。
やがて、木々の間に近代都市が忽然と現れた。周囲の他の街や農村が田舎っぽいのと異なり、整然と区切られた団地群と、その間に広がる緑地帯。居住バランスを計算してデザインされた計画都市だという。
ソ連にとって、ビサギナスは国家のエネルギー戦略を支える重要な街だった。だから、当時としては破格の立派なつくりとなったのだろう。居住棟が合理的に配置され、車なしで互いに行き来できる。近くの湖畔にも徒歩で出られる。
ビサギナスに限らず、福祉や娯楽が整備された原発城下町に暮らすことは、ソ連時代、人々のあこがれだったという。
市役所の前には、ツルをかたどった時計塔があった。と思いきや、表示される数値は時間でなく、被曝線量。毎時何シーベルトかを示す。イグナリナ原発は2009年を最後に稼働していないが、こちらの表示計はずっと動いているようだ。
■廃炉の衝撃
市役所の執務室で、ダリア・シュトラウパイテ市長に会った。真っ赤な口紅の華やかな女性だ。こちらも新聞記者なので一応年齢を尋ねたら「もう言わないことにしたのよ。50歳ぐらいと書いておいて」。昨年彼女に会った同僚の記事によると当時53歳だったそうだから、少しサバを呼んでいる。
「ここの市民は、旧ソ連最高の原子力の専門家ばかりです。街が原子力都市であることを、私たちは誇りに思ってきました」と彼女は胸を張った。
「でも、原発での仕事はどんどん減っている。廃炉作業もそれなりの雇用を生むが、稼働中ほどではありません」
核といのちを考える 記事一覧
※ご使用のブラウザや回線など、利用環境により再生できない場合があります。
※回線状況により、映像が少し遅延する場合があります。
PR注目情報