現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. 東日本大震災
  5. 記事
2011年8月20日18時41分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

「リカちゃんキャッスル」元気に 福島、国内唯一の工場

関連トピックス

写真:「リカちゃん」を国内で唯一作っている「リカちゃんキャッスル」=福島県小野町、河合博司撮影拡大「リカちゃん」を国内で唯一作っている「リカちゃんキャッスル」=福島県小野町、河合博司撮影

 時代を超えて愛される着せ替え人形「リカちゃん」の国内唯一の工場が、福島県小野町にある。人口約1万1千人の小さな町。「リカちゃんキャッスル」と呼ばれ、見学もできる。地震と東京電力福島第一原発の事故で打撃を受けたが、たくさんの励ましに支えられ、復活しつつある。

 リカちゃんはタカラ(現タカラトミー)が1967年に発売し、これまで5300万体以上を出荷した。今は主に海外で生産しているが、当初は創業者の佐藤安太さん(87)が東京都葛飾区の自宅兼工場で作っていた。子どもたちから「リカちゃんを作るところを見たい」と頼まれても、「きれいな工場ではないので夢を壊してしまう」と断っていたという。

 佐藤さんは93年、発売25周年を機に「子どもたちに見てもらえる工場をつくろう」と、故郷の沢渡村(現いわき市)に近い小野町にキャッスルを完成させた。見学客が色とりどりのドレスを試着できるコーナーを設け、手作業で一つ一つ製作する工程を公開。歴代のリカちゃんも展示し、毎年10万人が訪れる観光スポットになった。

 しかし、震災後は原発事故の影響を心配し、従業員は3月いっぱい自宅待機になった。大型連休までは見学の受け入れもやめた。その後も工場の操業は週の後半だけで、見学は週末のみ。来場客は例年の半分ほどになった。

 それでも、インターネットなどを通じて人形の瞳の色や髪形、服装をオーダーメードしてもらう依頼は昨年を上回る。応援の意味を込め、「何カ月かかっても構いません」と気遣いながら注文を寄せる人もいた。

 キャッスルの運営会社の近藤洋之さん(47)は「たくさんの応援で立ち上がれた」。夏休みからは連日工場を操業し、キャッスルも毎日オープンしている。

 工場内を一望できる2階の通路には、震災後に訪れた見学客のメッセージが壁いっぱいに書かれている。

 第一原発が立地し、立ち入りができなくなった同県双葉町の子どもが、リカちゃんの似顔絵と一緒にこう書いた。「ふたばのおうちのリカちゃん まっててね かならずむかえにいくよ」(山吉健太郎)

検索フォーム

朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

東日本大震災アーカイブ

グーグルアースで見る被災者の証言

個人としての思いと、かつてない規模の震災被害、その両方を同時に伝えます(無料でご覧いただけます)

プロメテウスの罠

明かされなかった福島原発事故の真実

福島第一原発の破綻を背景に、政府、官僚、東京電力、そして住民それぞれに迫った、記者たちの真実のリポート

検索

亡くなられた方々

| 記事一覧