「震災で亡くなった人たちに手を合わせ、復興を祈るうたを演奏したい」。指揮者の佐渡裕さん(50)が9日朝、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた岩手県釜石市の景勝地・根浜海岸の松林で、鎮魂のタクトを振った。
佐渡さんが芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターを拠点に活動する「スーパーキッズ・オーケストラ」の小学生から高校生までの32人が、バッハの「G線上のアリア」「無伴奏チェロ組曲第1番」のプレリュード、「ふるさと」など4曲を演奏。涙を流しながら聴き入る人もおり、演奏後は多くの犠牲者が出た海に向かい、全員で黙祷(もくとう)を捧げた。
会場となった根浜海岸は、白砂青松の地だった。しかし、震災により約2キロにわたって広がっていた白浜はほとんどが消え、松林はがれきに埋まった。
震災後、佐渡さんは、命を助けることも、被災者の空腹を満たすこともできない自分の無力を感じ、「何か役に立てることをしたい」と考えていた。
そんな佐渡さんに、海岸を以前のように戻したいと願う根浜海岸の旅館「宝来館」の女将(おかみ)・岩崎昭子さん(55)から手紙が届いた。
岩崎さんは娘の目の前で津波に巻き込まれながらも九死に一生を得、震災後は旅館を避難所に開放。地域の復興に携わってきた。そして、知人から、佐渡さんが海岸で鎮魂の演奏会を開きたいと考えていることを聞き、筆をとった。
「私たちの浜は壊滅状態ですが、松林はかろうじて残り、砂浜にハマナスの花が奇跡のように何輪か咲いております。8月の供養の月に、地元の子どもたちと交流しながら鎮魂と慰めのコンサートをしていただけませんでしょうか」
この申し出を佐渡さんが快諾。建築家の安藤忠雄さんを中心に震災遺児の育英資金を募る「桃・柿育英会」などの協力を得て、「鎮魂のタクトプロジェクト」(朝日新聞社主催)の一環で実現した。
佐渡さんはこの日、「ふるさと」の指揮を岩崎さんに頼んだ。演奏後には「復興に向けておかみさんがタクトを振ってください」と語り、「希望のタクト 佐渡裕」と書いた指揮棒を岩崎さんに手渡した。
涙をため、笑顔で指揮をした岩崎さんは「力がわいてきた。行ったり来たりかもしれないけど、がんばらなくっちゃね」と言った。(赤田康和)