節電の夏。がまん一色と思いきや、むしろ「歓迎」という人たちがいる。去年まで冷房の利きすぎで体調を崩していた冷え症の女性たちだ。昨年より1〜2度設定温度を上げた私鉄や公共施設は、「そういえば、今年は『寒い』という苦情がありませんね」。これまでが冷えすぎだったのかも?
学生時代から冷え症に悩んできた大阪市のケアマネジャーの女性(46)はこの夏、久しぶりに素足にサンダル、半袖で出かけて外食を楽しんでいる。去年までは、冷房の利いた会議室やレストランで寒さにふるえ、外出時は長手袋、靴下、長袖の上着を手放せなかった。「エネルギーの無駄遣い。こんなに冷やす必要があるの?」と腹立たしい思いをしてきたが、この夏は「本当に過ごしやすい」。27〜28度に保たれた電車内やレストランでは寒さを感じない。
7月1日から車両内の冷房の設定温度を2度上げて28度にした近畿日本鉄道は、例年なら苦情の半数を占める「冷房車が寒すぎる」という女性客の声が激減した。その分、「暑い」という苦情が増えるかと思いきや、意外にも昨年並み。「ホームや待合室の冷房は節電のためオフにしているので、多少温度は高くても、冷房の利いた車両は涼しく感じるのでは」
0.5度上げて26.5度にした阪急電鉄の広報も、「そういえば今年は寒いという苦情はないですね」。やはり「暑い」という訴えは例年並みという。「乗客に節電意識が浸透している」
「冷え」に詳しい東京女子医大青山自然医療研究所クリニックの川嶋朗所長は、「昨年までの電車内や施設の設定温度は低すぎたのでは」という。
冬の寒さと違い、夏の冷房は暑い外気から一転して強制的に体を冷やし続けるので、体温調節のリズムが狂ってしまう。電車で長距離を移動したり映画を見たりすると長時間冷気にさらされ、腹痛、頭痛などの体調不良につながる。
複数の調査によると、日本人女性の過半数が冷え症で、3分の1は夏の冷房を苦痛に感じているとされる。不眠やメタボに悩んで受診する男性も、腹部に触るとひんやりしていることが多い。「多くの男性が自覚がないまま、冷え切って血行が悪くなり病気につながっている」
例年、夏になるとそうした不調を訴える患者が多いが、今年は「症状がだいぶまし」と喜びの声が。「節電さまさまという患者は多いですよ」
国立文楽劇場(大阪市浪速区)も館内の温度を1〜2度上げて26〜27度に。演目によっては観劇は3、4時間の長丁場になる。昨年までは週に数人、「体が冷え切ってしまった」と訴える女性客がいたが、今年は、苦情はゼロ。「暑いという方もいますが、扇子やうちわで涼を取っておられるようなので、温度の変更は考えてません」
百貨店やコンビニも軒並み設定温度を1〜2度上げたが、こちらも苦情は少ないという。関西地区に約1900店あるローソンは一部の店舗で、冷房の設定温度を2度上げて27度にした。「チョコレートが溶け出さないぎりぎりの温度」だが、苦情はほとんどない。広報担当者は「外より少し涼しく感じられる今の温度が、実はちょうどいいのかも」と話す。(阿久沢悦子)