2011年7月5日15時8分
松本龍復興担当相は5日午前、菅直人首相に復興相と防災担当相の辞表を提出した。首相は慰留したが、松本氏の意思は固く、受理した。松本氏は3日に東日本大震災の被災地を訪問した際、地元知事らに「知恵を出さないやつは助けない」などと発言したことで批判を浴び、引責した。菅首相は5日中に後任人事を決める意向で、平野達男内閣府副大臣や安住淳・民主党国会対策委員長らの名前が浮上している。
松本氏は復興基本法成立で復興相ポストができたことを受け、6月27日に就いたばかり。就任9日目で辞めるという異例の事態となった。政権は、本格復興の第3次補正予算案の前提となる復興基本方針を今月中に策定することにしているが、復興・復旧に遅れが出る可能性が出てきた。
松本氏は5日朝の閣議前に首相と官邸で会談し、辞表を提出した。首相は閣僚懇談会で、松本氏が「一連の発言で被災地に迷惑をかけており、国会運営だけでなく復興にも支障をきたす可能性がある」などの理由を挙げたと説明。「(辞任の)意思が固いので受理した」と報告した。
松本氏はその後の記者会見で、辞意を固めたのは前日夜だったとし、首相からは「残念です」と声をかけられたという。会見中、涙ぐみながら「被災者に人一倍寄り添っているつもりだったが、言葉が足りなかったり荒かったりして被災者の心を痛めたことを本当におわび申し上げたい。これからは一議員として復興に取り組みたい」と語った。
枝野幸男官房長官は会見で「総理も私も、辞表は寝耳に水だった」と述べた上で「被災者にはいろいろなご迷惑をおかけしている。できるだけ早く後任を決め、復興への影響ができるだけ小さくなるように最大限努力したい」と語った。
松本氏は復興相就任直後からサングラス姿で会見するなど、閣僚らしからぬ言動を繰り返していた。3日の被災地訪問では、岩手県の達増拓也知事らに「九州の人間だから、東北の何市がどこの県とかわからんのだ」と述べ、宮城県の村井嘉浩知事らには「(漁港の集約は)県でコンセンサス取れよ。そうしないと、我々は何もしないぞ」などと話した。会談場所に後から入室した村井氏に対しては「お客さんが来る時は自分が入ってからお客さんを呼べ」と叱責(しっせき)もした。
こうした言動に、被災地を中心に反発が噴出。村井氏は「国と地方自治体には主従関係はない」と不快感を表明していた。松本氏は翌4日に記者団に「結果として被災者を傷つけたとしたら申しわけない」と陳謝したが、辞任は否定。だが、批判は広がる一方で、与野党から辞任を求める声が強まっていた。