2011年5月11日19時39分
津波の傷痕が深い岩手県陸前高田市。在りし日は海沿いに松林が広がり、夏になれば海水浴に集う人々の歓声があふれた。その風景を歌った曲が動画投稿サイト「ユーチューブ」で流れ、被災者を元気づけている。
投稿者は、同市教委教育次長の金賢治(きん・けんじ)さん(52)。20年ほど前、同市立第一中の音楽教員だった時に作り、歌った曲だ。CD300枚を自主制作し、友人に配った。
明るいポップ調。
♪波打ち際 裸足で駆ける 麦わら帽子 子供たち 優しくほほ笑みかける白い波と青い空
地元で生まれ育ち、松林を駆け回って浜辺でホッキ貝を取るのが好きだった。その海が襲ってきた3月11日、金さんは盛岡市へ出張中だった。自宅にいた家族は無事避難したが、家は流された。避難所の世話を続けるうちに、曲の存在も頭から消えていた。
4月中旬、友人から衣類とともにCDが届いた。内陸部に借りたアパートから仮庁舎に向かう車中で聴くと、自分の歌声なのに不意に涙があふれた。
♪ルート45(国道45号) 車飛ばせば潮風に包まれ そんな街 高田
「歌が昔の高田を心によみがえらせた」。気がつけば、砂ぼこりが舞い、つぶれた車が布団のように積み上げられた景色に慣れていた。「津波は怖いけど、美しかった海との思い出を忘れてはいけない」
題名がなかった曲を「心の中の風景」と名づけ、にぎわう砂浜などの画像を添えてユーチューブに投稿した。「一人でも多くの人に聴いてほしい」と、教え子数人にメールを送った。
輪は広がり、再生回数は2千回を超えた。「『陸前』で検索するとがれきの映像しか出ない中、ありがとう」「一歩一歩前に進めばいいですよね?」。そんな閲覧者のコメントが寄せられている。
動画の最後、さざ波の音とともに金さんがメッセージをつづっている。
――この風景の中に、大切な人とのいとなみの証しがあります。いつかきっと「心の中の風景」のようなすてきな街にしたい。前を見つめています。希望をもって。(中川文如)