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水産県・宮城復興へ 沖合底引き網漁船、震災後初出港

2011年5月7日11時48分

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写真:漁港で働く人たちに見送られ、出港する漁船=7日午前5時49分、宮城県塩釜市、諫山卓弥撮影拡大漁港で働く人たちに見送られ、出港する漁船=7日午前5時49分、宮城県塩釜市、諫山卓弥撮影

 13隻の沖合底引き網漁船が7日朝、宮城県塩釜市の漁港から出港した。「水産県・宮城の復興に一役担いたい」。近海にがれきが漂い、県が操業自粛を呼びかけるなか、震災後初の漁に向かった。

 午前5時半。亀裂が残る岸壁に全長約30メートルの漁船が並んだ。「いってらっしゃい」。家族や市場関係者に見送られ、船は列をなして波を切っていった。

 出漁したのは、袋状の網を海中で引く底引き網漁の漁師たち。「乗組員の暮らしがある」「買い受け人が待っている」。2週間前、県沖合底びき網漁協が塩釜市で開いた会議で、漁再開を求める声が高まった。

 だが、海にはがれきが残り、船のスクリューや漁網に引っかかる恐れがある。行方不明者の捜索も続いており、県は4月に漁の自粛を求めてきた。

 「まだ早い」との声も出たが、この時期、宮城沖で型の良いカレイやキンキがあがる。宮城県は海の漁業・養殖業の生産額791億円(2009年)と全国4位。鈴木廣志組合長(62)らは思いを一つにした。「宮城の復興に自分たちができるのは漁しかない」

 船団は金華山沖で漁をし、県の主要漁港で唯一、魚市場が再開した塩釜で9日朝に水揚げをする。(篠健一郎)

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