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民宿に乗った船、資金難で解体へ 岩手、保存要望実らず

2011年4月30日15時1分

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写真:民宿の建物に乗り上げた観光船「はまゆり」。近くの建物は解体作業が始まっていた=27日、岩手県大槌町赤浜2丁目、上田幸一撮影拡大民宿の建物に乗り上げた観光船「はまゆり」。近くの建物は解体作業が始まっていた=27日、岩手県大槌町赤浜2丁目、上田幸一撮影

 津波で岩手県大槌町の民宿の上に乗っかった釜石市所有の観光船「はまゆり」の針路は「解体」となった。モニュメントとして保存を求める声もあがったが、この間も徐々に傾く船体……。二次被害を恐れる市に加えて、保存も検討した県の判断も「解体やむなし」。5月早々にも解体工事が始まる見通しだ。

 はまゆりは、定期検査で大槌町の造船所に入っていた際に津波に遭い、約400メートル離れた民宿上に運ばれた。重量は約200トン。海水が引いた後もバランスをとって残っている。船尾部分の下には町道が走る。

 防災教育にも役立つとして保存を呼びかけたのは広島大の中田高名誉教授(自然地理学)。岩手県立大学の中村慶久学長ら160人を超える学識経験者らが県に要望書を提出した。市や町にも要望は伝わった。

 中田名誉教授は、1995年の阪神大震災を起こした兵庫県北淡町(現淡路市)の野島断層の地表部分を最初に発見した人物。保存を町に申し入れ、長さ140メートルの断層を屋内で保存する野島断層保存館の建設につなげた。学術研究と、防災教育、観光の三つの面で活用されている。

 1月に訪れたインドネシアのスマトラ島で、スマトラ島沖大地震による津波で民家の上に乗り上げた漁船が、津波災害のシンボルとして保存されていると知ったことも、今回の動きにつながっていた。

 一方、釜石市の野田武則市長は当初から「復興にカネがかかる時期に保存することが適切か。20年後、30年後に、市民に評価されるか、疑問だ」と保存には消極的だった。財政的な問題に加え、船体の落下などによる二次被害も懸念材料としていた。

 これに対し県は、保存の声の多さに、いったんは市の解体着手に「待って」と打診したものの、最終的に「仮設住宅建設やがれき撤去に人手とお金を回さないといけない状況で、地元が解体の意向なら仕方がない」と市の方針を容認。中田名誉教授にも28日夜に方針が伝えられた。元々が市街地なので公園にするのも難しいという。(菊地敏雄、疋田多揚)

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