2011年4月23日10時19分
東日本大震災の発生直後、首都圏のすべての鉄道が運転を見合わせ、多くの帰宅困難者が出た。運転再開のタイミングは各社でまちまちで、主要駅や幹線道路に人があふれた。判断はどこで分かれたのか。震災から1カ月以上たち、ようやく国土交通省が調査に乗り出した。
■分かれ目は官房長官会見
自宅をめざす人が都心の主要駅に集中した3月11日夕。鉄道各社と国交省は運転を再開できるタイミングをうかがっていた。「再開すれば都内にとどまっている人を外に送り流せる」。国交省鉄道局は当初、そう踏んでいた。
都心で震度5強を記録したが、首都圏で脱線や死傷者が出る事故はなかった。国交省と鉄道会社のマニュアルでは、線路や設備に損傷がないか点検をした後、2〜5回の試運転を経て再開することになっていた。
だが、午後5時半過ぎ、枝野幸男官房長官が記者会見で「帰宅ではなく、職場など安全な場所で待機していただきたい」と呼びかけた。
これを機に鉄道各社の判断が二つに分かれた。
JR東日本は午後6時20分、「安全確認ができない」として山手線や中央線など首都圏の全線を終日運休にすると発表。新宿駅や渋谷駅には多くの人が残り、駅前の道路や他路線への連絡通路にあふれた。
JR東の清野智社長は「(一部再開して)運転本数を減らして動かすと、かえって駅が大混乱になる」と釈明するが、国交省は「(多くの路線に乗り換えられる)山手線が再開されなかったのは誤算」と残念がる。東武鉄道、京成電鉄、京急電鉄も11日は運転再開しなかった。いずれも路線は複数の都県にまたがり、長い。
一方、午後8時40分には東京メトロが銀座線の運転を再開した。点検区間が短く、ターミナル駅である渋谷駅で混乱を防ぐための警備態勢も整ったためだ。同時に都営地下鉄大江戸線も動き始めた。ところが、銀座線では渋谷駅で山手線などが運転再開していなかったため、乗客が殺到。警備要員も足りず、運転を何度も止める混乱がその後も続いた。
午後10時ごろからは西武鉄道や京王電鉄、東急電鉄が点検を終えて次々と運転を再開。メトロと東急が調整し、半蔵門線と東急田園都市線の乗り入れも始まった。メトロなど多くは終夜運転をし、帰宅困難者は次第に減っていった。
ある私鉄の担当者は「JRが早々と運転打ち切りを決め、帰宅困難者があふれた。我々はなんとしても動かさないといけない状況だった」と話す。
■「情報の一元化必要」
幹線道路では、鉄道をあきらめた人たちが徒歩で自宅をめざし、女性や子供、高齢者らが深夜まで長時間の移動を強いられた。
国交省は「今後予想される首都圏直下型地震では、線路そのものが損傷を受けたり、火災が起きたりする可能性もある。今回以上の混乱になるだろう」とみる。
震災直後、国交省や鉄道各社をつなぐ鉄道電話などのネットワークは生きていたが、携帯電話や固定電話が通信規制などでつながらなくなった。国交省に各社からの連絡がまったく入らない時間帯もあり、同省は各社の輸送指令室に職員を派遣し情報収集する事態に。一斉に運転中止した際のマニュアルは整備されていたが、同省の担当者は「どの路線からどう再開すればよいか、マニュアルでは解決できなかった」と話す。
11日中に運転再開した私鉄の担当者は「想定を超える混乱の中で、まず自社路線を少しでも再開することで精いっぱいだった」と話す。その上で、「運転再開のタイミングを各社で合わせるなど、首都圏全体の鉄道網をどう動かすかという視点に立った情報交換が必要だ」と指摘する。
震災時の鉄道利用者の被害を研究する中央大の鳥海重喜助教(情報工学)は「各社の情報を一元的に集めるセンターをつくり、時間帯などのシミュレーションに基づいて混乱が少なくなる運行再開方法を通達する仕組みができないか」と提案する。
相互乗り入れする会社同士だけでなく、JRと私鉄など競合する路線でも運転を調整すれば、一方に乗客が集中することもなくなる。
駅や道路が混雑しないよう自治体や警察との連携も不可欠だ。一般車の幹線道路への流入を規制してバスをスムーズに通らせたり、出張者など首都圏の鉄道に詳しくない人を避難場所に誘導したりする工夫も必要になる。
同省は今月20日、今後予想される震災時に、どう運転再開するかを鉄道各社と話し合う協議会を立ち上げた。乗客への情報提供や点検に要した時間を各社から聞き取り、5月中に結果をとりまとめて各社と共有する。震災から1カ月以上過ぎたが、同省は「計画停電や余震への対応に追われ、鉄道各社の当日の動きでわかっていないことは多い」と検証の遅れを認めた。(永田工、宮嶋加菜子)