2011年4月11日23時2分
菅内閣は11日、福島第一原発事故の補償問題にあたる「経済被害対応本部」の新設を決めた。原子力経済被害担当相を新設し、海江田万里経済産業相を兼務させ、対応本部の本部長とする。まず避難住民らの当面の生活資金として1世帯100万円を仮払いする。一方、法律に基づく損害賠償の指針づくりも始まった。
■住民への仮払い、政府主導
避難した原発周辺の住民らは、一時帰宅が認められないまま、すでに1カ月近くが経つ。当面の生活資金に窮している人は多い。経済被害対応本部が取り組む喫緊の課題は、こうした住民の生活費確保だ。
海江田氏は5日の記者会見で東京電力に仮払いを指示したと明らかにしたが、東電の動きは鈍い。
清水正孝社長は11日、補償について報道陣に問われたが、「政府と協議して基本的な方向を出し、関係自治体ともすみやかに相談する」と具体的な言及を避けた。東電幹部は「仮払いも含めた補償の枠組みが決まらないと、動けない」。法的根拠のない多額の仮払いをすれば、株主代表訴訟につながりかねない。
政府が対応本部を設置し、担当相も任命した背景には、政府主導で仮払いの条件や金額を決め、被災自治体とも連携する態勢を築いたうえで、東電に迅速な対応を促すねらいがある。
政府は、仮払いを原子力損害賠償法に基づいて将来支払われる賠償金の一部にあてる方針だ。海江田氏は11日、報道陣に「東電は賠償の責任から逃れることなく正面から向き合ってほしい」と求めた。
「避難」「屋内退避」を指示されている原発から30キロ圏内の住民は、計約14万人。1世帯100万円を仮払いすれば、総額は数百億円に達する。さらに仮払いの対象は、原発からの放射線で被害を受けた農漁業者に広がる可能性もある。
福島県内の漁業者は3月15日以降、すべての出漁を止めている。いわき市の小名浜港で9日、県内の沿岸漁業者の代表らが鹿野道彦農林水産相と会談。渡辺敬夫いわき市長は「1次産業には日銭が必要だが、漁業者は15日から収入が全くない。一日も早く補償に取り組んでほしい」と訴えた。
■賠償額、数千億円〜数兆円の幅
法的な損害賠償の「判定指針」をつくるのは、原子力損害賠償紛争審査会だ。原子力損害賠償法に基づき、文部科学相が11日に設置した。委員には法律、医療、原子力工学の専門家など10人が任命された。巨額の賠償の対象や目安を定める指針だけに、重い責任を背負うことになる。
避難や屋内退避した約14万人の避難費用、休業補償のほか、放射性物質検出で出荷停止となった農家の被害も賠償の対象。政府は風評被害も補償の対象としているが、原発事故との因果関係を証明できるか、難題が待ち受けている。
審査会は過去、1999年のジェー・シー・オー(JCO)臨界事故で設置された例がある。約8千件の賠償請求があり、うち約7千件に計150億円を支払った。JCO事故では約350メートル圏内の住民が3日間、避難を指示された。今回の東電の事故は、対象範囲が広く、長期化している。審査会が定める指針次第で賠償総額は数千億円から数兆円まで変わり得る。
海江田原子力経済被害担当相は、東電が払いきれない場合の国の支援など、政治判断が必要な問題の調整にあたる。
賠償は東電が指針を参考に、申し出た被害者と交渉する。JCO事故では発生から半年以内に約6千件が示談になり、早期に賠償された。ただ、11件は民事裁判で争われ、訴訟がすべて終わって審査会が解散したのは10年8月だった。
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■原子力損害賠償紛争審査会のメンバー
大塚直・早大大学院教授▽鎌田薫・早大総長▽草間朋子・大分県立看護科学大学長▽高橋滋・一橋大大学院教授▽田中俊一・高度情報科学技術研究機構会長▽中島肇・桐蔭横浜大法科大学院教授(弁護士)▽能見善久・学習院大教授▽野村豊弘・学習院大教授▽山下俊一・長崎大大学院医歯薬学総合研究科研究科長▽米倉義晴・放射線医学総合研究所理事長