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ファッション界に突きつけられた「ダモクレスの剣」

2011年4月7日

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 今回の大地震と津波、そして福島の原発事故は、ファッションの世界にも大きな影を落とした。先月下旬に開かれる予定だった東京コレクションも中止となり、多くのブランドがバイヤー向けの小規模な展示会だけを開き、一方で新作をネットで配信する試みも増えた。そんな中で、「あくまでも当初の予定通りに」とファッションショーを開いたブランドがあった。

 東コレ参加は2シーズン目という「エトヴァス・ボネゲ」のショーがあったのは、まだ都内の交通機関のダイヤも混乱していた3月22日夜のことだった。会場は東京・神宮前の地下一階の小さなスタジオで、照明もかなり暗く落とされていたがフロアいっぱいの客の熱気で暖房も必要なかったようだ。

 モデルは一般から募集した男3人、女1人の4人で、スタンドに掛けたユニセックスな感覚の服を着替える趣向。途中からデザイナーのOlga(オルガ)が登場して、舞台の椅子に座ってヘアカットをしてもらいながらスケッチブックに「What will we do?」「Who will be happy?」などとメッセージを書き込んだ。

 「地震の後でもみんな仕事をしなくてはいけないし、実際にみなさんちゃんとやってらっしゃいます。私たちもそれと同じで、やらなければいけないことをやっただけ」とオルガ。震災直後の混乱で生地が届かなかったり停電のためサンプルが縫えなかったりなどのトラブルもあったが、「絶対にショーは延期しない」との合言葉でなんとか仕上げたという。

 なぜ頑張ったのか?といえば、「震災にめげない、という姿勢を見せることが必要だと思ったから」。生活の中で、着飾ることは「恋しているとか、きょうは暖かくなったなと感じることとかのように、絶対になくしちゃいけないことだと思うので」。彼女自身にとっても、今回の作品で表現しようとしたテーマ「シンボリック」の意味を確認するためにもショーを開くことがどうしても必要だったとのこと。

 服を作ることは、糸や繊維から始まってその服を売るところまでの一連の幅広い仕事がかかわっている。ショーや展示会だけに限らず、そのどこかでトラブルが起きれば全体が混乱する。コムデギャルソンは3月上旬にパリでショーを開いたが、震災直後にスタッフが何とか帰国し、東京での展示会を予定通りに開いた。「私たちのところで頑張って商品への発注を受けないと、多くの人たちに迷惑をかけてしまうからです」という。

 こうした事情はもちろんファッション業界だけの話というわけではない。いま、さまざまな形での「自粛ムード」が高まっているが、実はあえてやった方がよいこと、やらなければいけないことがその気分によってされてないことも多いのではないかと思う。震災の現地の被災者の人たちの置かれた深刻な状況(政府の対応の不手際による面も多いが)を考えれば、以前のような浮かれ騒ぎを慎むのは当然のことだ。しかし、日本の経済や人々の心が萎縮したり立ちどまったりしていては、被災地への援助や復興支援を続けることもできなくなってしまうに違いない。

 とはいえ一方で、今回の大震災とそれに伴う原発事故は、決して偶発的な出来事ではないことも事実だろう。私たちはもう、大量なエネルギーと資源を使ってものを大量に作り、それを消費して豊かになるというこれまでの仕組みが続くと思ってはいけないのかもしれない。福島原発の予断を許さない状況は、そのことを「ダモクレスの剣」のように今後もずっと私たちの頭上に釣り下がり続けるだろう。

 東京コレクションの計画通りの実施は、会場や交通事情を考えれば中止もやむなかったとも言える。しかしブランドごとの臨機応変の対応や、その後の開催に向けての努力をもっとすべきだったのではないかと思う。みんなが沈みがちな気分になってしまうこんな時こそ、ファッションで気持ちを引き立たせることが求められるのだから。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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