2011年4月2日13時43分
東日本大震災で震度6強を記録した福島県白河市で、フィリピンから来た女性たちが老人ホームで献身的な介護を続けている。原発事故の影響に不安を抱え、帰国を請う家族に心揺れながらも、お年寄りに寄り添い続けている。
約80人が入居する白河市新夏梨(しんなつなし)の特別養護老人ホーム「小峰苑」。介護士の資格を取るために実習中のジェンマ・ファナイさん(45)はその時、施設内のソファに座って、入居者と片言の日本語でおしゃべりを楽しんでいた。
経験のない揺れ。建物がきしみ、体がこわばる。閉じこめられてはいけない――。とっさに走って窓を開けた。「本当に怖かった。でも、皆さんがいたから、私がしっかりしなくてはと思った」。揺れがおさまると、入居者一人ひとりに声をかけながら上着と毛布を配った。「だいじょうぶ。寒くない?」
来日して1年半。故郷のルソン島では夫と13歳、16歳の息子が心配している。「ママ、早く帰ってきて」。電話がかかってくるたび、家族の顔が浮かぶ。帰りたい、でも……。「私を頼ってくれる人たちを置いて帰れない。でしょ?」
サンドラ・オタカンさん(35)は、原発が同じ県内にあるとは知らなかった。余震と、放射能と。ミンダナオ島にいる母ときょうだいから「日本は危ない」と何度も電話口で言われた。「放射線の数値も低いから大丈夫」と答え、安心させようとしている。
入居者や施設の職員を先生役に日本語を勉強してきた。「職場の皆さんも入居者も、みんな良くしてくれる。介護士資格を取る夢をあきらめたくはない」とオタカンさんは言う。
地震から3週間が過ぎた。ルソン島出身のメルセデス・アキノさん(27)は入居者の横で昼食の介添えをしていた。「はい、どうぞ」。口元に添えた手。一緒に口が開く。笑顔。
「日本が大変な災害にあっているときに、私だけここを離れるわけにはいきません」。6歳の長男と夫を国に残し、昨年11月に福島に来たばかり。家族の「毎日、お祈りしています」というメールが心の支えだ。
施設にいるフィリピン人女性は4人。アパートは地震で傷つき、3人は施設の空き部屋に身を寄せながら仕事をする。施設の杉山善夫総務部長は「4人ともすぐ帰国しても仕方ないと思ったら、誰ひとり帰ると言わない。熱心で、丁寧で、優しい。介護の姿勢に頭が下がります」と感謝する。
入居者の野田ユキエさん(88)は「ご家族と遠く離れて心配でしょうに。本当に優しく熱心に仕事をしてくれています。私にはとてもできない。えらいですよ」。4人の笑顔に、皆が励まされている。(斎藤健一郎)