2011年3月15日21時6分
震災後の火災で中心部の大半が焼け野原となった岩手県山田町。通信手段が途絶えるなか、14日夜、NTT西日本が町役場前に公衆電話を設置した。7台の衛星電話には常時30人近い行列ができている。
「父さんと一緒に流された。私は大丈夫だったけど、父さんはダメだった」
電話口で東京に住む妹にそう伝えていたのは、佐藤奈美子さん(39)。妹は「うそっ……」と言ったきり、絶句した。
奈美子さんは地震後、職場から急いで自宅に戻り、元漁師の父・珪朗さん(73)に「津波が来るから逃げよう」と声をかけた。2人で外に出て自転車で逃げようとしたところ、津波につかまった。奈美子さんは海水でもみくちゃになりながら数百メートル流されたが、家の柱にしがみついて九死に一生を得た。だが、父は行方がわからなくなり、再会したのは町内の遺体安置所。気がつくと、遺体を抱きしめていた。
奈美子さんは「親戚からは『父さんに守られたんだ』と言われます。せっかく助かった命。とにかく必死になって生きていきます」と目に涙を浮かべながら言った。
「おうちは燃えちゃったけど元気だから。生きてるよ」。主婦の菊池節子さん(61)は、横浜市に住む妹に電話をかけた。妹は「よかったー。よかったー」と何度も繰り返した。「とにかく早く無事であることを伝えたかった。声を聞かせることができてよかったです」
高校1年の佐々木恵さん(16)と堀合結衣さん(16)は、盛岡市にいる仲良しの中学時代の同級生に電話をかけ「とりあえず無事だよ」と伝えた。友だちは「何か送りたいんだけど届かない状態だから、募金をしてるよ」と言ってくれたという。(坂本泰紀)